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第7回大島渚賞 記念上映会
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早川千絵、黒沢 清、河合優実登壇
『ルノワール』上映後に登壇した黒沢監督は、「この映画を昨年、映画館で観て、本当に驚きました」と切り出すと、世界中の子どもたちが涙を流す映像や、少女が殺される映像などが飛び出す冒頭のシーンに触れて、「こんな風にはじまる映画を観たことないと思ってビックリ仰天でした」とコメント。 それを踏まえた上で、「この物語では、死に関係するおそろしいことが次から次へと起こるわけですが、どういう風にこれだけのものを詰め込み、この物語を発想したんですか?」という黒沢監督の質問に、「この映画の脚本を書き始めたときは、自分がどういう映画をつくりたいのか、分からずに書き始めたんです。あえて言葉で説明できない映画を撮りたい。言葉にできないけど、自分の心を激しく揺さぶられるような映画をつくりたいと思ったんです」と説明する早川監督。 早川監督自身、子どもの頃から映画を撮りたいと思っていたというが、その理由について「おそらくその時に感じていた胸の痛みや寂しさといった、そういう欠落しているものを埋め合わせるものとして、当時、映画というものがあったような気がしていて。その時の感覚を思い出してつくりたいなと思ったんです。『ルノワール』に関しては、いつかこういう映画をつくりたいと思っていて。子どもの頃から考えていたシーンを。それはバラバラなエピソードだったんですけど、それを書き連ねる、というところから始めました」と述懐。 中でも黒沢監督が感銘を受けたのが、主人公フキの「死」に対する向き合い方だった。「フキはいろいろな人の死に接するわけですが、決して悲しまないですよね。映画の冒頭からして『人は死ぬとなぜ悲しむのか』という疑問から始まっていて。さまざまな経験を経て最終的には『人が死んでも必ずしも悲しむ必要はないのだ』という、非常に強烈なメッセージを獲得するに至る。そういう物語なのかもしれないなと思いました」と指摘すると、「世の中には、人が死んで悲しいという物語が山のように溢れていて、うんざりしていたんですけど、その中でよくぞ人が死んで悲しくないという映画をつくってくれた。本当にそこは痛快で、拍手したい」と称賛する。 そしてそれは河合が演じた、フキと同じマンションの住人についても同じだった。劇中で彼女はフキに、誰にも話せずにいた秘密を打ち明けることとなる。「よくあるお芝居ですと、ここは最後に泣き崩れるんですけど、彼女は一切泣かないんですね。非常につらい苦しみであったことは分かるんですけど、フキが疑問に思ったように、別に悲しいわけじゃない。分かりやすく悲しい感情とは少し違うように見えたんです。あれは監督の指示ですか? 俳優さんって隙あらば泣こうとするじゃないですか?」と冗談めかして、会場は大笑い。 そのシーンで黒沢監督がユニークだと感じたところとして、女性の深刻な身の上話を聞いていたはずのフキが、途中で飽きたのか、ベランダの方に行ってしまうところだった。「フキは全然話を聞いてなくて。事実上、河合さんの独り言のようになって。自分の過去を、誰に向かってでもなくしゃべるわけです。あのお芝居は難しくなかったですか?」と質問。 河合も「思い返してみると、催眠術ごっこをしたい子がいて。それを受け入れて催眠術にかかったふりをしてあげる、というところからスタートして。なぜか分からないけど、途中で本当に、ほぼ催眠術にかかったような状態になって。自動的に自分の口から話が出てくるようなゾーンに入ってしまった。それでひとりでしゃべってたと思うんですけど、唯ちゃんが勝手にどこかに歩いて行っちゃうのもリハーサルの中で見つかったことでしたね」と振り返る。 そこで「逆に言えば、そこさえやればあとはお任せ、といった自由もあるのでは?」という黒沢監督の指摘に、「そうですね。お邪魔する感覚でした。1日、よろしくお願いしますっていう感じ」と返した河合。黒沢監督も「何でも来いみたいな感じがあのシーンからも感じられて、すごくすがすがしかった」と振り返った。 さらに黒沢監督は、劇中に散りばめられたエピソードのおそろしさについて言及する。「友達の家で父親の浮気の証拠を、遊びを装ってわざと当ててみせて反応を見たり、父親の病室で、隣のベッドで寝ているおじいさんの手を握って孫のふりをしたり。友達の家に行ったら、そのお母さんがフキの靴下を汚そうにビニール袋に入れたり。入院したリリーさんが久しぶりに家に帰って、明かりをつけたら喪服がかかっているとか。どれもほとんどホラー映画のネタですよ。1つとして心温まるいい話がない。それをあえて『これって普通ですよね』と提示しているところがすごい」と指摘し、ドッと沸いた会場内。 それに対し早川監督は「怖がらせようと思って書いたわけではなく、単に自分が好きなんでしょうね」と返答しつつも、 そしてフキと自分自身を重ね合わせて見ていたという河合も「わたしもたぶん早川さんと同じ感覚を共有している部分があるなと思いながら観ていました。やはりやってはいけないことをやりたくなったり、いい結果にならないと思っても手を出してしまう気持ちはすごく分かります。その結果悪いことが起きても、言葉にはできない。それは子どもだからだし、わたしは大人になっても全然言葉にできない。自分の中でも言葉にできないことがそのまま映像に残っていたのが好きでした」と深く共鳴している様子だった。
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