![]() |
野村芳太郎監督:再発見&再評価プロジェクト始動
|
![]() |
2025年6つのメニュー
|
![]() |
野村芳太郎監督 Profile 1919年(大正8年)4月23日、映画監督で松竹蒲田撮影所の名所長と謳われた野村芳亭の長男として浅草で誕生、撮影所を遊び場として、東京と京都を往復して育つ。暁星学園を経て慶應義塾大学に進学、太平洋戦争勃発に伴い繰り上げ卒業。松竹に入社するも、1942年に応召され、インド東部インパール作戦に従軍する。奇跡的に生還し、松竹に復職。川島雄三、黒澤明監督らの助監督として活躍後、1952年『鳩』で監督デビュー。1958年に初の松本清張原作の『張込み』で評価を高めた。『ゼロの焦点』(1961)、『背徳のメス』(1961)、『左ききの狙撃者 東京湾』(1962)、『影の車』(1970)、『砂の器』(74)、『事件』(78)など、松本清張原作を中心にサスペンスの傑作を次々に発表。時に社会派要素の強い重厚な作品もあったが、概ね、いや、悉くが、エンターテインメント性に富んだ作品であった。そのいっぽうで、のちに『男はつらいよ』シリーズの主人公・車寅次郎役で名優となる渥美清の名演技を引き出した『拝啓天皇陛下様』(1963)など、庶民の立場に寄り添った喜劇や青春ドラマ、ラブコメなど、多彩なジャンルで作品を作り続けた。1973年、脚本家・橋本忍主宰の橋本プロに参加。1978年には松本清張と霧プロを設立。プロデューサーとして、『八甲田山』(77)、『天城越え』(83)などを手掛けた。1990年、脳出血で倒れた後も自宅で企画を練るなど、現場復帰に意欲を持ち続けたが、2005年4月8日、85歳で死去。1985年のアガサ・クリスティー原作『危険な女たち』が遺作となり、生涯の監督作品は88本だった。 2025年、没後20年を迎え、2029年には生誕110年を迎える。 ![]() |
EIGAJOHO.COM








