「私も東大をクビになっていたかもしれない」 男装を辞めた東大教授、安冨歩氏が語る映画『わたしはロランス』が描く自由 グザヴィエ・ドラン監督の『わたしはロランス』+『トム・アット・ザ・ファーム』 Blu-ray BOXの5月2日(土)発売を記念して、4月20日(月)渋谷アップリンクにて『わたしはロランス』のトーク付き上映会 が行われました。 そして『原発危機と「東大話法」』などの著作で知られる「男装をやめた」東大教授・安冨歩さんが登壇し、美術家・ドラァグクイーンのヴィヴィアン佐藤さんを聞き手に語られました。 グザヴィエ・ドラン監督の『わたしはロランス』+『トム・アット・ザ・ファーム』 Blu-ray BOXの5月2日(土)発売を記念 |
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『わたしはロランス』は、80年代を舞台に周囲の偏見や社会の拒否反応のなか女性として生きていくことを決めたモントリオール在住の小説家で国語教師のロランスと、恋人で最大の理解者である女性フレッドとの10年にわたるラブ・ストーリー。
安冨さんは、 「冒頭のロランスを見る街の人々のあの視線は、私を見る目と同じ」 と、女性の服装で生活しようとする男性の気持ちを的確に、そしてリアルに描いていると絶賛。 「物語の設定である1989年だったら東大でもクビになっていたかもしれない」 と、保護者からの苦情により教師をやめることになるロランスの境遇と重ねあわせました。 |
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50歳を過ぎて女装をするようになったという安冨さんは
「原発でも『危険』という言葉を『安全』に置き換える。『原子力危険委員会』でないといけないのに『原子力安全委員会』になってしまう」 という、社会のなかで隠蔽されようとする事象に起こる言葉の置き換えの問題について話を拡げ、 「『性同一障害』という言葉も言い換え。当時は悩んだが、決して「障害」なんかではない『性転換手術』もなぜ『性器変形手術』と言わないのか。原発とまったく同じ構造。人間はステレオタイプな言葉や価値観、自分の都合のいい解釈にもっていきたがる。その枠組にはめ込んでいくことが暴力の本質なんです」 と力説。さらに 「ボーダーを認めているからトランスジェンダー(性別を越える)という言葉を使う。でも、ボーダーなんてものはないんです」 と安冨さんが語ると、ヴィヴィアンさんも 「人はいびつな多面体。近くの人や家族が自分をいちばん知っているとは限らない」 と、人を性別で分けることの無意味さに同意した。 |
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安冨さんは、女性から「きれい」と言われることが増えたことから
「女性が考える『美人の女性』は彫りが深い顔や長い手足などを持つ『男っぽい女』。そもそも“美人”というのは男性が決めた価値観で、多くの女性に『私は醜い』という自己嫌悪を与えることによって、女性をコントロールし支配しようとしている」 と現代社会における美人の定義について持論を展開しました。 イベントの後半、観客から渋谷区の同性パートナーシップ条例などの取り組みについての考えを問われた安富さんは、 「それよりも、『結婚という制度はやめよう』という議論をしなければいけない。現代社会では結婚という制度は機能していない。民法は150年変わっていないし、アウト・オブ・デート(時代遅れ)」 と一喝。そして 「障害者を巡ることについてもそうだが、何かが問題とされるとき、その当事者ではなく、枠のほうが常に問題。構造のほうを考えることが必要なんです」 とおっしゃりました。 |
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イベントの最後。 安冨さんは満員の客席を前に、『わたしはロランス』そしてグザヴィエ・ドラン監督の人気について 「若い人は常に社会からの抑圧を感じている。ロランスが求めた『自由』に反応しているんだと思います」 と語りました。 登壇したお二人のプロファイル。 安冨歩 (社会生態学者、東京大学東洋文化研究所教授) ヴィヴィアン佐藤 (美術家・ドラァグクイーン)
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