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世界初公開

 
ジョン・レノンが「僕らはリヴァプールで生まれ、ハンブルクで育った」と語るハンブルク時代を、元メンバー&関係者らが証言で綴るドキュメンタリー『NO ハンブルク NO ビートルズ』。
『NO ハンブルク NO ビートルズ』
ロジャー・アプルトン監督の最新作が12月6日(金)より世界初公開。
ヒューマントラストシネマ有楽町、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺、MOVIX昭島ほか全国順次公開となりますが、ロジャー・アプルトン監督のオフィシャルインタビューが届きましたので、ご紹介。
NO ハンブルク NO ビートルズ

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ロジャー・アプルトン監督インタビュー

 
Q. 監督は2018年に映画『ジョン・レノン〜音楽で世界を変えた男の真実〜』を作られました。なぜ新作でビートルズのハンブルクでの日々に焦点を当てようと思ったのですか?
 
もともと、有名になる前のビートルズに関することならなんにでも興味がありました。 彼らが成長していった時期にとても興味を引かれます。ビートルズのハンブルクへの旅は、音楽的な面のみならず、人間的な面での成長においても重要な影響を与えたと思います。初めてハンブルクへ行った時、ジョージ・ハリスンはたった17歳でしたし、他のメンバーも大して年上ではありませんでした。修学旅行のような旅だったのではないかと、私は想像しているんです。青年たちが、おそらくは初めての海外旅行を、ただ楽しんでいた。そしてそのわずか2年後に、世界を席巻したんです。なので、1960年から1962年の2年間は非常に重要なんです。音楽だけでなく、彼らが人間として成長していく上でもです。それが、このストーリーに惹かれた理由だと思います。
 
 
Q. ジョン・レノンが「僕らはリバプールで生まれたけど、ハンブルクで育った」と言ったのはいつですか?
 
ハンブルクから戻ってかなり経ってからの発言で、ビートルズが既に有名になってからのものです。ジャーナリストが、彼にハンブルクでの体験について尋ねたんです。彼は重みのある言い方で「僕らはリバプールで生まれ、ハンブルクで育った」と回答しましたが、これはハンブルクが音楽的な成長だけでなく、個人的な、そして人間的な成長においても、重要だったことを裏付けるものでしょう。彼の発言は、ハンブルクで少年から大人に成長した、という意味でもかなり的を射ているでしょう。
 
 
Q.ビートルズが演奏したハンブルクのクラブについてはどういう点が興味深いと思いますか?
 
彼らが演奏したのは…ハンブルクの合計4つの異なるクラブでした。インドラで演奏し、その後カイザーケラーで演奏し、次にトップテンで演奏し、最後にスタークラブで演奏しました。この過程の面白いところは、それぞれのクラブで異なる挑戦があったことです。
ビートルズが最初にハンブルクに到着した時、インドラは、実質空っぽのストリップクラブで、ほとんど人がいなかったので、客を店に呼び込むことが課題でした。その後、他のクラブを経て、最終的にスタークラブにたどり着きました。スタークラブはハンブルクで最大級のクラブでした。彼らが人として、そしてミュージシャンとして成長する過程で、クラブも次第にステップアップしてスタークラブまで辿り着いたんです。
そして、よく知られている通り、カイザーケラーのオーナーは、ジョージ・ハリスンをハンブルクから強制送還させたことで有名です。そして最終的には、ポール・マッカートニーとピート・ベストも、ある種の「事件」、「放火」とされた件で追放されることになりました。放火というほど深刻な出来事だったかは疑問ですが。でも確かに、ハンブルクでの道のりは順調ではなく、さまざまな困難を乗り越える必要がありました。
 
 
Q. 本作でピート・ベストもイギリスに強制送還された経緯を詳しく説明していますね?
 
ええ、彼もその話をしていますね。控室…宿泊場所で小さな火を起こしたことについても話しています。この映画で一つ、うまくいったことに、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、そしてジョン・レノンの音声データを入手し映画で使用できたことがあげられます。彼らに直接インタビューすることはできませんでしたが、多くのエピソードがポール、ジョージ、ジョン自身の言葉で語られています。ピートのエピソードも加えられ、劇中で実質4人全員によって、語られているのです。
 
 
Q. アニメーションも使っている理由は?
 
クラウス・フォアマンがハンブルクでの思い出を元に描いた描画や絵を見たんです。クラウスは、ジョン、ポール、ジョージ、ピート、そしてスチュアートと、彼らが最初に来た時に会っていました。それに、クラウスは非常に才能のあるグラフィックアーティストです。そこで、彼のいくつかの作品の使用契約を交わして、イギリスのアニメーターに渡しました。これを映画に使用したんです。意図したのは、証人のイラストを使うことでした。クラウスは当時、その場にいたのですから。我々が使ったイラストとアニメーション化で、映画に別の次元を与えることができました。視覚的にもより面白くなったと思います。それに、より真実に近づけることができたと思います。
 
 
Q. 本作は多くのアーカイブ映像で構成されていますが、監督ご自身が撮影した新しい映像はどの部分ですか?
 
現地で撮影しました。非常に優れたカメラオペレーター、フェリックス・ハバードが参加し、インタビューの撮影に協力してくれました。
ロージー・マギニティという、ビートルズがハンブルクにいた時の友人の女性の素晴らしいインタビューを撮りました。また、ギブソン・ケンプや多くの人たちにインタビューしました。さらに、ハンブルクでビートルズが演奏した場所である、レーパーバーンやグロッセ・フライハイトでも撮影を行いました。実際のところ、あのあたりは当時からあまり変わっていません。いまでもナイトクラブが多く、風俗店がたくさんあるネオン街なんです。ビートルズがいた頃から60年ほどですが、この地域は当時とよく似ています。フェリックスは美しい空撮映像も撮ってくれました。空撮映像で面白かったのは、川からハンブルクに近づいていく映像が、リバプールに川から近づく映像にとても似ていることでした。街の風景が非常に似ているんです。2つの都市の類似性を強調しているようでした。
 
 
Q. ビートルズのハンブルクでの日々が1962年の大晦日に終わったというのは、とてもドラマチックに思えませんか?
 
ですよね。イギリスで有名になる前年の大晦日、というのは確かに象徴的です。1963年は、彼らにとってとても大事な年です。人間的な成長においてもそう。63年は、彼らが公衆に自分達を売り込む上でとてもプロフェッショナルになった年で、素晴らしい曲を作った年でもあり、イギリスを制覇した年なんです。第2章の終わりかな。最初の章はリバプールで育ち、ジョン・レノンがクオリーメンを結成し、それがビートルズに変わる過程です。第2章が、有名になる前のビートルズでしょう。おっしゃる通り、1962年の大晦日から1963年に変わる、それがこの章の終わりでしょうね。パンクで、ダーティーで、薄汚れた、攻撃的ともいえるパフォーマンスをしていたビートルズの終焉。そして、エンターテイナーとしてのビートルズの、新しい章の始まりです。
 
 
Q. 日本では『ジョン・レノン〜音楽で世界を変えた男の真実〜 』をはじめ、ビートルズを題材にしたドキュメンタリー映画が数多く公開されていますが、本作はどのような点で特別だと思いますか?
 
最初にこの映画を放送したいと言った人はドイツのArteというチャンネルの方でした。Arteはドイツとフランスで放送をおこなっています。担当者がZoomでこう言ってくれたんです。「ビートルズのハンブルク時代についてのドキュメンタリーは相当数見てきたけど、その時代の雰囲気の感触をつかめたのはこの映画が初めてだ。初めて、彼らの経験や当時の雰囲気が映画から伝わってきたと感じた。」おそらく勝因の一つに、再現映像の使用や、アーカイブ映像の活用、また、当時の街の様子を伝える刑事ドラマの使用があるでしょう。クラウス・フォアマンの絵のアニメーション化もそうです。だからこの映画の成功した点は、ビートルズのハンブルク時代の感触を伝えていることでしょう。今までの映画になかったもの、と言えるかもしれません。
 
 
Q. 読者にメッセージをお願いします。
 
この映画では、リバプールで人生をスタートさせたビートルズのハンブルクへの旅について描いています。ビートルズについての映画はたくさん作られてきましたが、リバプールで暮らし、働く人たちによって制作された作品はごく少数です。そして何よりも、この映画は愛情から作られたということを言いたいですね。若い4人の青年、あるいは元々は5人だった若者たちへの愛と感謝を込めた作品です。彼らは音楽だけでなく、世界を変革しました。この映画はその彼らが成し遂げたことへ、愛を込めて作られた作品だと、なによりもそれを伝えたいです。

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『NO ハンブルク NO ビートルズ』

 
12月6日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
 
公式サイト:
https://nohamburg-nobeatles.beatles-filmselection.com
 
公式 X:
@beatlesfilm
 
公式Facebook:
@beatlesfilmselection
 
 
<現時点で決まっている上映館>
北海道:サツゲキ(12/6〜)
青森県:青森松竹アムゼ(12/27〜)
東京都:ヒューマントラストシネマ有楽町(12/6〜)
東京都:池袋シネマ・ロサ(12/6〜)
東京都:アップリンク吉祥寺(12/6〜)
東京都:MOVIX昭島(12/6〜)
神奈川県:横浜シネマジャック&ベティ(12/14~)
栃木県:小山シネマロブレ(12/6〜)
栃木県:宇都宮ヒカリ座(12/20~)
群馬県:シネマテークたかさき(1/17〜)富山県:ほとり座(近日公開)
新潟県:シネ・ウインド(近日公開)
新潟県:高田世界館(近日公開)
愛知県:ミッドランドスクエアシネマ(12/6〜)
愛知県:ミッドランドシネマ名古屋空港(12/6〜)
大阪府:なんばパークスシネマ(12/6〜)
大阪府:テアトル梅田(12/6〜)
大阪府:MOVIX堺(12/6〜)
京都府:アップリンク京都(12/27~)
兵庫県:kino cinema神戸国際(12/20〜)
岡山県:シネマ・クレール(1/3〜)広島県:横川シネマ(近日公開)
広島県:シネマ尾道(近日公開)
高知県:シネマ四国(12/20~)
福岡県:kino cinema天神(1/3~)
熊本県:Denkikan(近日公開)大分県:別府ブルーバード劇場(12/13〜)
宮崎県:宮崎キネマ館(1/24~)
鹿児島県:ガーデンズシネマ(12/6〜)
沖縄県:桜坂劇場(近日公開)
沖縄県:ミュージックタウン音市場(近日公開)
 
 
<現時点で決まっているトークイベント>
 
12月7日(土)
■アップリンク吉祥寺 9:30の回登壇者:杉真理(シンガーソングライター)MC:汐月しゅう
■池袋シネマ・ロサ 12:45の回登壇者:藤本国彦(ビートルズ研究家・本作字幕監修)・川原伸司(音楽プロデューサー・作曲家)MC:汐月しゅう■テアトル梅田 時間調整中
登壇者:藤本国彦(ビートルズ研究家・本作字幕監修)・犬伏功(音楽ライター)MC:汐月しゅう
12月8日(日)
■サツゲキ 12:30の回登壇者:藤本国彦(ビートルズ研究家・本作字幕監修)MC:汐月しゅう
12月13日(金)
■小山シネマロブレ 時間調整中登壇者:藤本国彦(ビートルズ研究家・本作字幕監修)MC:汐月しゅう
12月14日(土)
■ミッドランドスクエアシネマ 10:30の回登壇者:藤本国彦(ビートルズ研究家・本作字幕監修)MC:汐月しゅう
12月15日(日)
■シネマジャック&ベティ 時間調整中登壇者:藤本国彦(ビートルズ研究家・本作字幕監修)MC:汐月しゅう
12月21日(土)
■シネマ四国 13:00の回/15:00の回登壇者:藤本国彦(ビートルズ研究家・本作字幕監修)MC:汐月しゅう
12月22日(日)
■シネマルナティック 10:15の回登壇者:藤本国彦(ビートルズ研究家・本作字幕監修)MC:汐月しゅう
12月29日(日)
■青森松竹アムゼ 時間調整中登壇者:藤本国彦(ビートルズ研究家・本作字幕監修)・川原伸司(音楽プロデューサー・作曲家)MC:汐月しゅう
1月3日(金)
■シネマ・クレール 時間調整中登壇者:藤本国彦(ビートルズ研究家・本作字幕監修)MC:汐月しゅう
1月4日(土)
■kinocinema天神 時間調整中登壇者:藤本国彦(ビートルズ研究家・本作字幕監修)・川原伸司(音楽プロデューサー・作曲家)MC:汐月しゅう
 

 
物語・・・
1960年。若者に何か新しいものを提供したいと思っていたドイツ・ハンブルクのクラブオーナーたちは、水夫からイギリスではアメリカン・スタイルのロックンロールが演奏されていると聞き、アメリカより安く来られるイギリスからアーティストを招く。8月15日、ビートルズは、列車代や船代も出せず、ミニバスでハンブルクを初訪問。クラブで演奏するかと思いきや、ストリップクラブ「インドラ」で演奏することに。隣の映画館でベッドも照明も暖房もないところにユニオンジャックの旗を被って寝て過ごす。全員10代で、最年少のジョージ・ハリスンはわずか17歳で、世界最大の赤線地区の真ん中で演奏し、寝泊まりすることになる。ステージでは、人を引き付けるコツを徐々に学び、スタイルが確立。まさに、ハンブルクは学び場となった。
 「インドラ」で最初は無名だったが、1〜2週間後には混み合い、6週間後には近所からの苦情で、ライブ演奏が禁止に。やっと「カイザーケラー」で演奏できることになる。その後、トニー・シェリダン付きのバンドとして「トップテン」で演奏したいと申し出ると、「カイザーケラー」のマネージャーのコシュミーダーに「そうしたらドイツでは二度と働けなくしてやる」と脅される。メンバーは「あんたもね」と返すが、「トップテン」で演奏した初日にコシュミーダーは実際に警察にタレこみ、ポールとピートは起訴され、イギリスに強制送還される。
1962年4月、ハンブルクの「スター・クラブ」のオープニングに呼ばれたビートルズだが、初めて飛行機に乗ってハンブルクに行くと、空港で待っていたのは、スチュアート・サトクリフの恋人・アストリッドのみだった。元メンバーの死を知るメンバーたち。8月には、ドラマーのピート・ベストが外され、リンゴ・スターに替わる。11月と12月にハンブルクを再訪し、大晦日を最後に「スター・クラブ」での公演を終えると、11日後に発売された「プリーズ・プリーズ・ミー」がイギリスで大ヒット。当時を知る者は口を揃えて言う。「ビートルズを作ったのはリヴァプールではない」と。
NO ハンブルク NO ビートルズ

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監督:ロジャー・アプルトン
出演:ピート・ベスト、アラン・ウィリアムズ
(アーカイブ映像)ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、スチュアート・サトクリフ、ジョージ・マーティン、アストリッド・キルヒヘア、リトル・リチャード
2024年 / イギリス / 57分 / カラー / 1.85:1 / 5.1ch / 英語
原題 ”No Hamburg No Beatles”
字幕監修:藤本国彦
配給:NEGA
©2024 A BI Hamburg Production Ltd
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