インドネシア・エクスプレス~3 人のシネアスト シンポジウム


エドウィン監督『動物園からのポストカード』上映後に

シンポジウム「インドネシア・エクスプレス~3人のシネアスト」が行なわれましたので、ご報告いたします。

日時・場所 10月24日(水) 15:56~ @TOHOシネマズ六本木 スクリーン5
登壇者 エドウィン(監督)、ガリン・ヌグロホ(監督)、リリ・リザ(監督)



各世代のインドネシア映画界を代表する3人の監督がインドネシア映画の歴史と現在について語っていただきました。


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Q: 1990年代はインドネシア映画業界にとって暗黒の時代と言われていますが、いつ、何がきっかけで変わったのでしょうか?

ガリン・ヌグロホ(監督):90年代は私にとっては移行期だったと思います。当時は製作される映画が非常に少なく、全てあわせても年間4作品ほどでしたので、まさにインドネシア映画史における空白の時代だったと言えます。当時のインドネシアはスハルト大統領の軍事政権下にあり、出版業界そして映画業界は政府が掌握していました。政府が作り上げたシステムに入り込むにはある程度の映画製作の経験が必要だったため、若い人が出てくるのは難しい時代でした。私は映画業界での経験は積んでいましたが、新しいシステムを作るためには自らの手ですべてを切り拓いていくことを余儀なくされました。私の作品『一切れのパンの愛』が、1991年の東京国際映画祭で初めて上映された時もインドネシア政府の協力は得られず、国際交流基金のみなさまにご支援いただきました。ですが、当時の私のその行動は従来のインドネシア映画のシステムに反するということで、インドネシア映画界から抗議を受けました。

エドウィン(監督):90年代初めには民間のテレビ局が増え始め、それまで映画界にいた人々の多くがテレビの世界に移りました。若者は子供の時からマスメディアに触れる機会が多くなり、テレビが非常に盛んだった時代に育っているわけですが、映画製作にかかわる若者が増えたのは、従来のマスメディアに飽き、新しい物を求めていたからではないかと思います。

Q: 今後、挑戦したいことはなんですか?

リリ・リザ(監督):インドネシア映画は現在、新しい段階に入っているのではないかと思います。この10年ほどは非常に恵まれた状況で、資金面でも恵まれていましたし多くの観客を動員することもできました。ですが、私は同じことをただ繰り返すとことはしたくありません。インドネシアは非常に広い国土を持っていますし、文化や宗教も多様です。そうしたテーマを扱っていきたいですし、表現手法にもこだわらずにいろいろと試していきたいと思っています。費用の面でも、多くの資金を使って製作する作品から低予算映画まで、型にはまらず様々なことに挑戦していきたいと思います。

ガリン・ヌグロホ(監督):私は新しい試みとして、芸術家や音楽家を取り入れた映画を製作していきたいと思っています。来年は映画の枠を超えた芸術のインスタレーションを行う予定です。

シンポジウムの最後にヌグロボ監督は国際交流基金に対し感謝の意を述べ、監督の映画業界における30 年間の歩みが綴られた書籍を贈呈しました。

エドウィン監督『動物園からのポストカード』

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